竜胆(りんどう)の色
村時雨というのか。時折強く降っては、また小降りになっている。森に続いている初めての小径を歩いている。傘を差したり、畳んだりしながら歩いている。いろんな植物がある。晩秋だから咲いている花はほとんど見かけない。赤い実をつけた万両がみえる。若い頃は万両も知らなかった。しかし、もっと植物の名前が判れば面白いだろうと思いながら、あてもなく歩いている。
気が付けば雨は上がり、雲の切れ間から微かに陽が差し込んでいる。その光が濡れた小径に反射している。“びゅうっ“と風が頬に触っていく。さすがに冷んやりしてきた。突然ノスタルジックな郷愁におそわれる。そう小学生の低学年だった頃。雨上がり、塾の帰り道で見かけた光景。風に揺れるすすきの穂が、手招きしているようで、急に恐怖を感じ思わず駆け出したこと。
晩秋の雨上がりの夕暮れ時。突然寂寥感に包まれる。体の中にある何かの遺伝子が寂寥感を感じ取っているのか。小径が二手に分かれている。どちらが怖くないのかすぐに考える。若干の恐怖に取りつかれている身としては、早く帰り道を見つけたい。今年の夏は、台風が多く、山々の樹木も倒れ、崖崩れも多く、山道が閉ざされ、街中から近い山中でも遭難が相次いだようである。侮ってはいけない。雨に濡れているから滑りやすい。結構急峻な斜面もある。この森の中にも倒木が転がっている。
時計を見る。もうじき陽も落ちる。夜の帷が迫って来ている。枯れた葉が小径に敷き詰められ、晩秋の風情である。怖さは感じているものの、様々なことを考えながら歩いている。今年あった出来事。出会った人々。逝ってしまった人たち。いろんなことが頭の中で浮かんでは消え、消えては浮かんでくる。ああすればよかった。こうすれば傷付けずに済んだ。諦めと後悔と戒めが、行きつ戻りつしている。
また二手に分かれた。こうやっていくつかの分かれ道を今年も過ごしてきた。それが正解だったのか間違っていたのかは判らない。ただ言えることは、今年も何とか無事に過ごすことができたということである。ふと、暗くなりかけた足元に気が付く。薄い青紫色の竜胆の花が咲いている。
花屋で見ることはあっても、こんなに小さく咲いている竜胆は初めてみた。しかも、私の大好きな青色である。日本には様々な色の識別があるが、青色系は、天色・空色・水色・紺碧・水浅葱・白藍等々六十数種類もある。その中で私のいちばん好きな色は、青色系の竜胆の色である。ちなみに竜胆の青色は竜胆色という色である。単純な名前であるが、綺麗な青色である。森からのクリスマスプレゼントである。有り難く写真に撮らせていただく。余すところひと月であるが、読者諸賢にとって恙なく今年が暮れること祈念しつつ、感謝の意を表して、今年のコラムを閉じることとする。また、新しい年に乾杯!
アスカ総合事務所
理事長 岸本敏和