2023年8月「へん?」

「暑いですね」「たまらない暑さですね」と声がした。ふと振り向くと、裸足では歩けないほど熱くなった砂場に座ったゴリラがいた。もういちどゴリラが言った「暑いですね!」

思わずこちらも「異常ですね、この暑さは!」と返事を返した。

「僕はここに30年余座っているのですが、こんなに暑い夏はなかったですよ」と言う。 急ぎの用事もなかったので、しばらく彼と話を続けることにした。

「先月は、大雨でこの砂場もプールのように水浸しになりました。全国的に見ても線状降水帯があちらこちらで発生し、河川が決壊したり、山崩れが起きたりで大変な被害がありました。しかし、このような災害は毎年発生し毎年同じような地域で起きています。初めは天災と思っていたのですが、繰り返す災害を回避できないということは”人災”じゃないかと思います。防衛費を増大することばかりが議論され、直面する国民の生命・財産を守ることがおろそかにされています。先ずはインフラ整備が必要だと思うのですが、何か”へん”ですね。」

「南海トラフ地震と連動して首都圏直下型地震が起きる可能性は、今後30年以内に70%の確率と言われ、被害も想定されていますが、具体的な対策はないままに時間が過ぎていきます。相変わらず首都圏は建設ラッシュが続いています。なぜ、人も企業も首都圏に集中するのでしょうか?地方に空いている土地がたくさんあるじゃないですか。

科学的なデータを信用しないのでしょうか?地震のことは蓋をしちゃって考えないのでしょうか?何か”へん”ですね。」

「最近の文章は、アルファベットの略語が多くて。これまた意味がわからない。CS、DX、ESG、ROA、Be to Be・・・。CSなんて「顧客満足」という表記ではだめなのでしょうか?日本語ってどこに行くのだろう?何か“へん”ですね。」

「“男女平等”は、当たり前のこと。しかし、なぜかオフィスで来客にお茶を出すのは女性社員が多い。何か“へん”ですね。」

「”ハンコ行政をなくす”掛け声はわかるけど、ワープロ打ちの委任状に印鑑押さなくてもいいのでしょうか?本当に委任したことかわからないのですが。何か”へん”ですね。」と、彼の話は続いていく。

私はと言えば、彼の話に反論することもなく、ただ頷くだけ。

私と彼が話をしていることを気がつかないふりをして人々が砂場の横を通り過ぎていく。気がつかないふりで時代が過ぎていく。気がついても声に出さない。声に出さないまま社会は動いていく。

アスファルトの道路には陽炎が揺れている。8月の灼熱の太陽が背中を焦がしていくなか、白昼の夢を見た。

2023年8月1日 

photo by kishimoto