2024年11月 記憶のかけら 其の3「誕生日のケーキ」
校庭には黄色く色づいた銀杏の葉が舞っていた。運動会が終わった。悔しかった!絶対に負けないと思っていたタケシ君に50m走で負けた。運動会の日は、誕生日だった。小学校の最後の運動会。子供ながらに“ユウシュウの美”(国語の授業で習ったばかりの言葉であった)で、飾りたかったが、タケシ君には勝てなかった。下校の途中で、友達のシンジ君が「タケシ君は、ちょっとフライング気味だったよ。だから本当の一番は、トシカズ君だよ」と言って慰めてくれたが、一等賞の黄色リボンはもらえなかった。
浮かんでくるのは、オヤジの顔だった。「絶対に負けるな!今日はおまえの誕生日だから、勝たねばならない。仕事の帰りに“ケーキ”を買ってくるから、一等賞を取ってこい!」と今朝、言われたことが頭の中をよぎっていた。言い訳は通じないオヤジであった。家に帰るとおふくろが、胸の赤リボンをちらっとみて、「ザン~ネンでした」と笑いながら、早く支度して塾に行って来いと言う。
その頃、やたらと塾に行かされていた。学習塾、そろばん塾、書道塾、絵画塾、英語塾と、行きたくないのに行かされていた。それだけ塾通いしても、今はこの程度である。それこそお金の無駄使いだったのではないかと思う。その日は、書道塾であった。墨で黒色に染まった掌のまま帰宅すると、おふくろが「どうしてそんなに汚れるの?」とブツブツ言っていたが、素知らぬ振りで掌を洗っていた。
夕食の時間になってもオヤジは帰ってこなかった。おふくろが「残業かな?」と言って、トシカズ君おめでとうと言いながら、弟と3人で食卓に着いた。その日は赤飯だった。先月の弟の誕生日には、ちゃんとケーキもあったのにと思ったが仕方がなかった。結局、その日は眠りにつくまでオヤジは帰って来なかった。翌朝起きると、あちこちが凹んだケーキの箱がテーブルに載っていた。
オヤジはもう仕事に出かけていた。おふくろが、「ケーキを買ったときに知り合いに会って、そのまま飲みに行ってしまったらしい」と言っていた。おそるおそる箱を開けると、トシカズ君は割れてしまっていた。おかげで運動会のことは何もなくスルーしてしまったが、その時、オヤジという生き物の生態がわかったような気がした。
さて、今年のとしかず君は……
2024年11月1日
photo by kishimoto