24年ぶり

いつぞやのブログで19年ぶりに浜松市民になったことを書きましたが、先日それを超える24年ぶりの出来事がありました。それは、中学時代の恩師・友人との再会です。

私が中学生だった当時、所属していた部活の監督を務めて下さっていた先生と、チームメイトである同級生数名で飲み会を行いました。私は都合で僅かな時間しか参加できなかったのですが、とても楽しく過ごすことができました。24年ぶりに会っても不思議なほどに普段通りと言うか、当時のノリとほぼ変わらず。当時30代半ばだった先生は還暦を過ぎ、10代前半だった私たちはアラフォーになったわけですが、高尚な会話が交わされるわけでもなく、年齢相応の薄毛ネタ(笑)など、おバカな話に花が咲いていました。

当時のことを思い出すと、私が所属していた部活は活動量が多く、土日は練習試合が毎週組まれており休みは月曜日のみ。平日もどの部活よりも遅くまで練習していました。割と先輩後輩の上下関係もしっかりしていて、特に一つ上の先輩は部員数も多い上に実力も有り、何だか怖い感じ。今の自分が見れば、皆同じ子供のように見えるのでしょうが、当時はたった1年先輩でも明確に線が引かれているように感じていました。そして、そんな活動量や上下関係をも余裕で凌ぐ圧倒的恐怖の存在(笑)、それが先生でした。

当時の先生は短く刈り込んだ短髪にティアドロップ型の色付き眼鏡を常に着用されており、その眼鏡から透けて見える鋭い視線が死ぬほど怖い方でした。勿論、その怖い見た目だけでなく怠慢なプレーや粗末な礼儀に対する指導は非常に厳しく、部員はしょっちゅうお叱りを受けました。当時、チームメイトと『部活で日常的に怒鳴られているから、他の人に多少怒鳴られたくらいでは何も感じないよね』と会話したことを今でも覚えています(笑)

そんな怖かった先生を、自然と『飲み会に呼ぼう!』という話になるのは、当時の先生の指導が単に『恐怖で縛るもの』ではなく、二つの特徴があったからだと思います。

一つ目は、指導内容や方法がとても『理にかなったもの』で受け容れやすかったこと。
見た目とは裏腹に(笑)、技術指導や選手起用、采配は論理的で筋が通っており、叱られる場合も必ず筋が通った理由がありました。
二つ目は、生徒の目線に程近い高さでコミュニケーションを図られていたこと。
『体力や知力で勝る大人が上からの目線で押し付ける』ということはなく、良いプレーには部員と同じように喜び、悔しい結果には同じように悔やむ、といった形で、常々共感的なコミュニケーションを取られていました。

当時学んだこうした特徴-考え方は、私の中であるべき考え方として根付いており、未だに日々の様々なシーンで意識することが多いです。
今、仕事や家庭でしっかり実践できているかと問われると若干自信はありませんが(笑)、本当に大切なことを学べた3年間だったと思っています。

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あくまで私の肌感覚ですが、ここのところ、他者を傷つけること、失敗することを恐れ、『過剰に予防する』世の中であると感じます。勿論、いたずらに他者を傷つけることは絶対に許されませんが、『過剰な予防』が他者との関係構築の中で多くのことを学ぶ機会を失くしてしまっている、と感じます。先生に話を聞くと、やはり学校でも同じことが起こっているとのこと。自身が多くのことを学べたように、時代や取り巻く環境が変わっても、子供たちの本質的な学びが失われない教育であってほしいです。

岸本一輝