記憶の誤解


もう少し寝ていたいと思ったのだが、エアコンのタイマーが切れたのか暑さで目が覚める。昔の夢を見た。三十年近く前に今の事務所を建てたときの夢である。棟梁と一緒に高所作業車で3階の鉄骨の梁に棟札を挙げ、集まった近所の方たちに餅を撒いて。その時思ったことを夢に見た。“ここで頑張り、この次はもっと大きな事務所を建てるぞ”と上棟式で想ったことを夢に見た。

どうしてそんな夢をみたのか、まったくわからない。心当たりもない。確実なことはもっと大きな事務所は今もって建てていないことだ。目が覚めてしまったので、寝室の雨戸を開ける。今日も熱い風が入ってくる。忘れていたものが目に飛び込んでくる。ピーカンの空にピンクの花をつけた百日紅である。樹の表面がツルツルしているから別名“さるすべり”ともいうが、猿が滑ることもなさそうである。いつもは、8月の初めには咲いているのだが、今年は咲いていないことすら忘れていた。

今日、ずっと考えていた。どうしてあんな夢を見たのだろう。三日前の晩ご飯も何を食べたのか思い出せないほど、記憶力が落ちているのに三十年も前のことをどうして夢の中で思い出すのだろう。毎年咲く百日紅の花のことも忘れていた。何を想い毎日生きているのだろう。仕事を終え家路に着く。

夕刊を広げる。記憶力の記事が出ている! 私には、こういうことがよくある。信じてもらえないかもしれないが、考えていると答えが向こうからやって来てくれるのである。何かに守られているのであろう。自分勝手にそう思ってしまったほうが生きやすい。

夕刊には、高名な脳科学者の記憶力についての記事が載っていた。「歳をとると記憶力が落ちる」というのは、そもそも誤解であるという。「二十歳を過ぎると一日何万個もの脳細胞が破壊されていく。だから若いうちに勉強しろ!」とよく言われ、その通りだと思っていた。最近は、人の名前もよく覚えられないし、外した眼鏡をどこに置き忘れたのか、右往左往している。

しかし、脳細胞は新陳代謝を繰り返し日々再生されているとのこと。考えてみれば、毎日何万個も脳細胞が死滅していったのなら、私はとっくにリタイアしているはずだ。脳の寿命は約120年であり、病気でない限りは、衰えることはないそうである。ただ、思い出せないというのは、アウトプットが少ないと、記憶として定着しないとのこと。

アウトプットとは、そのことを“話す”“書く”というように思い出す機会が多い程、記憶の倉庫に蓄積されていくとのことである。加齢に伴って記憶力が落ちることはなく、使い方によって記憶力は維持されていくとのことである。脳の奥にある“海馬”という器官が記憶の貯蔵庫であることは知っていたが、その“海馬”に情報が留まっているのは、せいぜい2年ぐらいであり、それが過ぎると大脳皮質に保管されるとのことである。大脳皮質は大容量の記憶装置であり、加齢とともに能力が衰えるものではないようである。

歳をとって記憶力が落ちたから、勉強しても無駄。ということは言い訳にもならないことがよくわかった。少し前のこのコラムで、中国経済の躍進の話をした。これから世界経済はアメリカと中国の2大国が牽引していくことであろう。ここは、思い切って中国語を学ぼうか。しかし、大脳皮質の片隅から、「英語もままならないのに・・・。」

平成30年9月1日
アスカ総合事務所
理事長 岸本敏和

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