Can you run?


ブラインドから差し込む陽が、瞬く間に緋色に変わってくる。 パソコンを打つ手を止めて窓の外に眼をやる。刻々と西の空が表情を変えていく。あっという間に夜の帷が降りてくる。時計をみれば、まだこんな時間だ。確実に季節は移ろい、木枯らしの冬へと走りだしたようである。街路樹もその葉を黄色に染めて舗道の上に舞っている。

こんな日は、街の灯りを求め、氷が浮かんだ琥珀色のグラスを傾けて、過ぎゆく秋の夜長を楽しみたいものである。そんな秋の夜に「人生とは何だ」「何のために働くのか」「どう生きて行くのか」そんな話を口から泡をとばしながら仲間と侃々諤々と話していた時代が懐かしい。

 未来が何となく明るく見えていたこともあるであろう。私は、いわゆる団塊の世代よりも少し後の世代である。多くの人達がいた。誰もが未来に向かって走っていた。走ればその先に、きっと何かがあるだろうと思っていた。実際に、走った分の価値はあった。それは、私だけではなく同世代の多くの人が体験したことである。

仕事柄、多くの経営者に合うことが多いが、若い男性諸君に元気がないという話が多い。私もそう思うことがある。個々には能力も高いしヤル気もあるのだろうけど、相対的にはおとなしい世代だと感じる。こんな表現は分かりにくいかもしれないが、“ギラギラ”したものがない。という感じである。言い換えれば非常に“スマート”であり、“狂う”ことのない人たちが多いという印象である。

もちろん、私たちの時代と比較することは難しい。世界に例のない少子高齢が巻き起こす様々な問題。年金受給が可能なのか?介護負担がどこまでのしかかるのか?AIが急速に進む時代の中で、自分たちの仕事は大丈夫なのか?結婚しても生活できるのか?運転免許を取っても自動車が買えるのか?等々、たいへんな時代であることは確かだ。

しかし、だからといって縮こまっていていいのだろうか?人類は有史以来幾多の困難を乗り越えて来た。我が国も然りである。世界は広い!元気な若い人たちがたくさんいる。ボーダレスの時代である。日本だけの単位で考えたら未来は見えにくいのかもしれないが、世界を俯瞰すれば、未来は見えてくるであろう。なにしろ世界人口は爆発気味に増加しており、インドや東南アジア諸国さらにはアフリカ諸国の台頭には目を見張るものがある。

さらには、我が国を目指して多くの外国人が職を求めて殺到している。在留許可制度も大幅に改正され、外国人が働ける環境が整備されてきた。前述のように多くの課題はあるが、まだまだ未来を見出す可能性はこの国には十分あると思う。
乱暴な言い方になるが、考えてばかりいないで“走ってみよう”! 「走りながら考えて」も良いではないか。「走った後に考える」のもいいだろう。とにかく動いてみる。

そこから何かが生まれてくると思う。
無責任に言うわけではない。私たちの世代もまだ走る。だから・・・
Can you run?
You have to run!
令和元年11月1日

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