Create the Future

様々な出会いがあった。男と男、男と女、人と組織、組織と組織。出会いがあった分、別れもあった。別れがあった分、出会いもあった。突然、脳裏に浮かんでくる。若かりし頃の彼女の残り香。笑っている顔、すましている顔、怒っている顔。遠い記憶の彼方からフラッシュバックするように蘇ってくる。

7月は小糠雨、黴雨、麦雨から豪雨まであった。毎日が雨模様の生活であった。長雨のせいか、視線が後ろに行く。うつむき加減になる。前に進もうという気力が褪せてくる。そんなときに突然過去の記憶が昨日のことのように映し出される。流れ落ちていく雨に紛れて、首の後ろに汗が流れていく。

陽の光も星空も何処かにいってしまった。夕焼けを眺めることもなく日々が終わっていった。雨の日は嫌いではないが、長すぎる雨に物憂げな感覚に襲われる。アンニュイな倦怠感だろうか。ニュースは、今日も“コロナ感染拡大”を伝えている。緊急事態宣言が出たときは緊張感を覚えたが、それが解除され人の往来も元に戻って、すこし気が緩んだ時に第2波である。緊張感よりも倦怠感のほうが強い。「コロナに負けるな」「コロナとの戦いに打ち勝つ」という勇ましい言葉の後には「ウイズコロナ」コロナとの共生という。「新しい生活様式」という言葉もある。

言葉はいくつも並んでいるが、簡単なようで難しい。新しい生活様式でコロナと共生していくしかないのだろうか?ため息がでる。今年が明けた頃には、想像もできなかった時代が訪れている。気晴らしに夜の街に繰り出し、グッと冷えた生ビールを飲みに行こうか!と言いたいが、グッと唾を飲み込んでしまう。普通であれば、生ビールがおいしい時期なのに。
去年の今頃は良かったなと思うが、過去は過去である。誰しも過ぎ去った時間に戻れることはなく、今を生きている。

否、本当に今を生きているのか?コロナ感染の急速拡大に憂鬱感が募ったところに、長雨のせいで、ただただ息を吸って生きているだけじゃないのか?・・・と、ここまでこの稿を書いたところで、窓越しに光が射してきた。ブラインドを上げる。いつの間にか雲がなくなり晴れ間である。青空が見える。忘れていた陽の光である。しかも真夏の強烈な日差しである。敢えて“お日様”と呼ぼう。お日様が登場し、生きる活力を与えてくれる。思考は天候にまでも大きく影響を受ける。俄然、本稿を書くスピードが速くなる。

閉塞する社会の中で、未来はあるのか?雨空のもとでは閉塞感しかなかったが、お日様が顔を出せば、開放感が強くなってくる。明けない夜は無いように、どんなに閉塞する社会があっても人類がある限り未来はある。

 それは、未来を担う子供の数に表れている。我々の世代以上は世界人口約74億人のうち、9%(約7億人)でしかないが、15歳以下の子供の人口は、約19億人。全体の25%を占める。この子供たちが必ず未来を切り拓いていく。彼ら彼女たちの中から、必ず社会を背負っていくキャプテンが出てくる。アタックもディフェンスも身に付けたキャプテンが出てくる。

陸を繋ぎ、海を越えてワールドワイドな視野を持つキャプテンが出てくる。
ウイズコロナを超えて“Overcoming corona”「コロナ克服」を成し遂げる若きキャプテンたちが。
Create the Future!未来を創ろう!

そのためには、我々世代ももうひと踏ん張りして、ウイズコロナの中バトンを繋いでいかなければならない。
過ぎ去った昔は良かった!本当にそうか?
過去は過去。今、在ることが最善ではないのか。
さて、こんなに良いお天気になったから、今晩は生ビールといこうか!(おうちで)
令和2年8月1日

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