2026年1月『阿修羅』

 早いもので、また新年がやってきた。この出だしは何回書いたのだろう?このブログもかれこれ15年となる。1年に12回は載せているから結構な数のブログを書いてきた。しかし、一向にうまく書けない。書けないから、日本語の勉強をしようと、一昨年ゲイジュツ大学の門を叩いたのだが、あまり進歩は感じられない。

 しかし、この2年間で学んだ意義は大きいものがあると勝手に思っている。一応、ゲイジュツ大学だから、美術史も学んだ。特に「日本芸術講義」では、仏教美術が面白かった。その中でも、課題論文のテーマに選んだ奈良興福寺の阿修羅像は、製造方法が「脱活乾漆造」という特殊な技法で作られたものである。私はその三面六臂の姿に魅せられたのである。現在は、卒業研究の作品制作に追われているが、昨年末に突然、彼女(もっとも彼女か彼かはわからないが)に会いに行きたくなり、仕事の予定をやりくりして弾丸特急で阿修羅さんに会いに行った。

 年末であったことから、いつもは観光客で混雑している興福寺の国宝館は閑散としていた。阿修羅さんを前から横からと優に30分は眺めていることができた。作家のいとうせいこうさんとイラストレーターのみうらじゅんさんの共著『見仏記』ではないが、“仏(ぶつ)に恋した”という表現が脳裏をかすめた。

 人によって見方は異なるのだろうが、私には正面の顔が“意志の強さを表す凛とした顔”に見え、右は“憂いを含んだ顔”、左は“何かに怒っているような顔”に見えた。思わず掌を合わせようとしたが、賽銭箱が無い。あるわけないのである。なにしろ彼女は国宝なのである。国家によって保護されている方だから賽銭箱など無用である。しかし、文化財保護にもずいぶん費用が掛かることだから、賽銭箱ぐらいあってもいいじゃないかと勝手に思った。

 いずれにしても掌を合わせ、この一年の息災に感謝することができた。急ぎ、帰途に就いたのだが、気になることがあった。この街には、私の長女が住んでいるのである。阿修羅さんの顔を見て、長女の顔を見ないのは「なんだかまずいよな」と思ったが、出発の時刻は迫っている。小走りに走って電車に駆け込んだ。

このブログを長女がみたらなんと言うか? 「なんで寄らないのよ!」ではなく。おそらく、「こんな忙しい師走に来ないでよ!」だろうな…。

2026年1月1日 

現在の画像に代替テキストがありません。ファイル名: 阿修羅像イラスト-scaled.jpg

drawn by kishimoto

註:奈良興福寺の阿修羅像は、撮影禁止であることから写真は掲載できませんでした。上記は、美術図鑑を見ながら描いたものです。実物とは似ても似つかないイラストになってしまいました。

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