煙のゆくえ

風はまだ冷たいが、確実に日射しは強くなってきている。暖かい春がそこまで来ている。以前は生暖かい春が嫌いであったが、歳を重ねたせいか暖かさが恋しい。ぬくぬくとして生きて行きたいと思うが、現実にはなかなか難しい。

やらねばならないことが山積しており、いらいらが募る。こんなときには、煙草で一服しようと思う。煙草を喫えば落ち着く。煙草を喫えばリラックスする。こういう原稿を書くときもアイデアが出てくる。そんな馬鹿な幻想に囚われて数十年。煙草のもたらす害については、直視せず。自分勝手な理由をつけて喫っていた。

もちろんここ数年は、受動喫煙の禁止から分煙が叫ばれるようになり、煙草を喫う環境も限られていたから以前と比べて本数は減少していた。しかし、喫っていることにかわりはなかった。周りの愛煙家が次々に禁煙していってもやめる気はなかった。行政書士会の役員も昔は喫煙率が高かったが、近年はとみに少なくなっている。

私が会長をしていた時分に私を支えてくれた前副会長に所用があって電話をする。彼は、私同様喫煙者である。用件が終わり得意気に「タバコ辞めたよ」と言うと、彼も「辞めた」とのこと。「役員を退任し、あなたに会わなくなったから、辞めた」とまるで喫っていたのは私のせいだと言わんばかりである。

気心が知れた彼だから腹も立たず笑い飛ばしてしまったが、まさか同時期に禁煙に踏み切っていたとは思わなかった。
もう一度辞めた理由を聞くと「だから、あなたと会わなくなったから」じゃあ会えば喫うのかと思い。久方ぶりに一献をかたむける。暫し、談笑のあと喫煙談義に・・・。

しかし、互いに喫わない。そう、我々はもう煙草を喫わないのである。この歳になって少々情けないが、禁煙仲間がいるというのは心強い。

特に彼には、負けたくない。私より年長ではあるが、若い頃からずっと切磋琢磨してきた仲間である。
だから、彼が喫わない限り、私も喫わない。


では、彼が喫ったら喫うのか?そんな情けないことは絶対無いと誓う。しかし、本当に禁煙できるのか?まだ辞めて3ヶ月に満たない。
時々、喫いたくなる衝動を覚え、深呼吸。情けない限りであるが、禁断症状を乗り越えるしかない。

何故、禁煙したのか?それは若かりし頃喫煙がカッコいいと思って喫い始めたのだが、何もカッコいいことはなく、むしろたいへんカッコ悪いことに気が付いたからである。特に人様に事業承継や企業の行く末の話をする身には、煙草は似合わないことが判ったのである。

行政書士制度のゆくえ、経済のゆくえ、この国のゆくえ、自分の人生のゆくえ、 気になる“ゆくえ”ばかりである。しかし、これで“煙のゆくえ”は心配しなくてもよくなった。少し軽くなった気分である。
“春よ 早く来い!”である。
平成30年3月1日

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