2023年3月「夜景」

 陽の光が幕を下ろすと、夜の灯が拡がりはじめる。何処までも何処までも果てしなく続くように明かりが灯る。

一日の仕事が終わった人も、これから仕事に就く人も、この明かりの中で息をしている。生まれた人もいれば、人生の終焉を迎える人もいるだろう。ひとつの灯の下に、一つの物語があるなら、いくつの物語があるだろう。幾千万の物語か。

 人は誰でも夜景の中では、詩人になるのか。

ここまで書いたところで、隣人がエンパイアステートビルから見た夜景の写真を見ながら「エンパイアステートビルなら”メグ・ライアン”の”めぐり逢えたら”の映画だね」と言う。 

ラブロマンスに縁のない私は「エンパイアステートビルなら”キングコング”」だと思う。

 人間の傲慢さに逆上したキングコングは、女性を人質にエンパイアステートビルの頂上にのぼる。しかし、飛行機からの銃撃に遭い墜落死する(女性は救助される)という物語であった。子供心には、キングコングの死に歓声を叫ぶ大人の心情がわからなかった。キングコングが哀れであった。

 もうひとつ思い出した。映画”インデペンデンス・デイ”である。宇宙人の攻撃により、エンパイアステートビルが炎上し、ニューヨークの街が瓦礫だらけの廃墟になってしまう物語であった。これらはあくまでも映画の話である。

 しかし、世界には夜景どころか、住む家も、食べるものもない多くの人々がいる。戦争で、内戦で、紛争で、大災害で瓦礫と化した街。灯すらない真っ暗闇の中に幾千万の物語がある。

 約500万年前にアフリカの大地に立った人類は、ユーラシア大陸・アジア大陸・アメリカ大陸等々と拡がり文明を築き繁栄と破滅を繰り返してきた。明かりを作ることも、闇を作ることも人類の手にかかっている。自然災害もその被害を拡大させているのは人類自身である。争いを始めることも終わりにすることも人類である。「さっさとやめろよ戦争を!」と言いたい。

 20世紀に育った20th century boysの一人である私は、21世紀を戦争や飢餓のない素晴らしい未来だと想像していた。しかし、ひょっとすると今見ている景色が“終わりの始まり”の景色かもしれない。

この写真の夜景は、地平の果てまで続いているように見えるが、その先には漆黒の闇が拡がっている。

photo by K.Sakai

2023年3月1日