2023年11月「Good luck !」

 喧騒が終わった飲食街の夜明け。街のあかりはまだ灯っているが、薄っすらと空は白みはじめている。路上に膝を抱えうずくまっている若い男がいる。みれば歩道が吐瀉物で黄ばんでいる。酸えた臭いが鼻を突く。

 「大丈夫か?」と声をかける。なにも咎めようとしているわけではない。若いときは、こんなことは幾度となくあった。こういうことを繰り返して子供から大人になっていくのだろうと思っている。

 「大丈夫か?」ともう一度聞く。「ダイジョウブデス」と男が顔を上げる。褐色の引き締まった顔だが物悲しい眼をしている。拙い英語で「帰るところはあるのか?」と聞けば、「市内のある町の工場の寮に住んでいる」という。今日は仕事が休みだから昨日の晩から夜通し酒を飲んでいたらしい。

 自販機で水を買い、手に持たせる。日本に来て辛いこと、嫌なことがいっぱいあった。給料から寮費やら食費などいろいろ引かれて、手取りは6万円程。ホーチミンの家族に仕送りもできない。だからと言って技能実習生だから自由に働く会社を変えることもできない。技能実習制度の建前は、日本で技能の取得をし、母国に帰り習得した技能で祖国の発展に寄与するという制度であるが、安価な労働力として酷使されている例が多々見られる。

 実習先(勤務先)から逃亡して行方知れずになる若者も数多くいる。みんな夢と希望をもってこの国に来たのに、生きることの辛さのみを知り、打ちひしがれて帰っていく。

 政府は、やっと重い腰をあげ、この制度の見直しに入るようではあるが、小手先で終わることなく抜本的な改革が必要である。

 ちなみに労働基準法では「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。」となっており、さらに同法で「外国人技能実習生については、入国1年目から法上の労働者として法の適用を受ける」とされている。にもかかわらず前途ある若者たちが擦り切れていく。

 なぜ、日本に来たかと聞けば、戦争の無い平和な国で、「オモテナシ」の親切な国と聞いたから。確かに戦争はないが、人に優しい国ではないかもしれない。

 彼の住む寮は、町の郊外である。どうやって帰るのかと聞けば、飲みすぎて財布は空っぽらしい。歩いて帰るという。

 通りの向こうを走るバスで帰れと小銭をポケットから出し、彼のポケットに突っ込んだ。「元気でな!Good luck !」彼の話に同情したわけではない。私にも昔、バス賃をくれたおじさんがいたから、借りを返しただけである。

2023年11月1日

Photo by kishimoto